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渾身の出来はいづこ。

編物を自己流を含めて30年程していて。
今、コンテスト応募作を編んだり、課題を編んだりしながら
"自分の出来に納得いかない!"
と思うことが、度々あります。

"次はもっと納得のいくものを...。"

編んでいて楽しいだけではない
欲の要素も、編物の原動力になっています。

コンテスト応募作も
"今の出来るだけの事をしたけれど...。"

そう思いながら編んでいたら
恩師とのやり取りを思い出しました。

私:私は1回だけ"自分の音"を出したけれど
 それがとても大変で辛くて。
 "自分の音を1曲分出し続けるなんて、演奏家って凄い"
 とその時に思ったんですよ。
 "自分には出来ない"って。
 クラシックの楽譜は、何百年前のものでも
 演奏家という職業が成り立つのが、分かったような気がしたんです。
師:あのね、全部納得して出し続けられたことなんて、ないわよ。
 "申し訳ないけれど、これが今の私の出せる精一杯です。"
 って演奏台に上がって
 終った瞬間に"あぁ、あそこであの音を出せなかった。"
 って悔しくなって
 すぐに次の演奏会の予定を入れるの。
恩師が、今でもそんな心境で!

整体でも、"まだまだ駆け出しですが、これが今の私の出来る精一杯です。"
と思いながら施術しています。
施術中に寝て頂けたり、終ったときにリラックスした表情なのを見ると
ほっとします。

整体も編物も演奏も、そういったところは似ているのかも知れません。
ただ、"自分の渾身の出来"というものは、いづこにあるのでしょう?

求めていきたい気分もあり。
出来た瞬間に、自分の成長が終わってしまうような。
下手をすると、それ以降自分が退化してしまうような
そんな気もあり。

情けない話ですが、退化が怖くて
今は目に見える目標を追っている部分が
自分の中にあるように思います。
いつまで追い続けられるかな。
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by bo-sun | 2013-11-07 15:15 | 編物・縫い物
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