あけましておめでとうございます。

あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。

私は、彼の実家でいわゆる
"田舎の長男の嫁"
をしてきました。
今、自宅への帰途にあります。

神奈川県生まれ、育ち
単身赴任と出張で父が家にほとんど居なかった分、母が両方の役目をしていたお陰で
長男重視、男衆と女衆の役割分担
という考え方は、結婚当初はびっくりの連続でした。

でも、今の70歳台後半以上の方々にとっては半ば当たり前のことで
山梨県北杜市明野町で7年程過ごして、似たような考え方で暮らしている方々と組(=町内会)でご一緒させていただいて
役割分担で、うまく地域社会が機能しているのに触れて
"これもありだなぁ…"と、感じ入ったのでした。

実家に居たときに、帰省を迎える立場にいたので
義両親が疲れるだろうことはよく分かります。

よく、"主人の実家に帰るのが苦痛"と聞きます。
慣れない環境、親戚との距離感、以前は私も苦手でした。

ある時から、迎える立場の大変さを思い出してから、苦手意識が格段に減りました。
義両親も、自分の家なのに、帰省してきた私達に楽しんでもらうために
一時的な不眠状態になりながら過ごしていたのです。

義妹達は、"妻"や、"嫁"、"母"を忘れて"娘"に戻りたい。
姉もそうだったし、実家はそういうものなのでしょう。

私は、15歳頃から10年程、母の重い更年期障害に付き合い、肉体的、精神的な支えをしたので
今更自分の実家で"娘に戻る"のも難しいのです。

ならば、"嫁"としてお手伝いさせてもらう方が葛藤がなくて楽だし
義母さんだけが働いているのにお客様顔をしているのも、人としてどうなんだろう?
と、考えると、やっぱり"お互い様"の気持ちで女衆に入れてもらって
お手伝いさせてもらった方が気持ちいいのです。

彼はお墓や家を継ぐ立場であることもあって、将来を義両親と話す機会がありました。
けれど、継ぐ当の彼が寝た後、私と義両親の3人で話をしました(笑)
彼と話したこと、その結論を、本当にそのまんま話して、その場では納得してもらえました。
お互いの年齢が上がれば、また変わってくるかもしれません。
ただ、そんな難しい話を、嫁の私にしてくれたのは、それだけ信頼してくれての上なのかな、と、良いように解釈しています。

私達が寝た後、二人だけで二年詣りをして、皆の無事を祈ってくれた義両親。
ありがとうございます。

仙台に帰るけれど、仙台に行ってくる。
県人会、の意味が、初めて分かったような帰省でした。
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by bo-sun | 2013-01-02 15:46 | 雑記
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